まるで異世界…昔のニッポンがレトロで超かっこいい!


タイムスリップしてみたい

手前の円筒型のビルは1964年(昭和39年)に出来た「三愛ビル」。正式名称は三愛ドリームセンター

法隆寺五重塔をヒントに建物の中心にエレベーターを配し、ビルを総ガラス化させた円筒型ビルである。ビル最上部のネオンサインの広告が変わる度に話題となり、時代を映す建築

群を抜いて高かった「三愛ビル」も、今じゃ普通サイズになりました

今はなき娯楽施設はパラダイス!

現在のような形の「屋上遊園地」の第一号は、松屋浅草の屋上に1931年作られた「スポーツランド」とされる

列車型の乗り物に、

横に回るタイプの観覧車も。写真では見えませんが土星の形をしています。ちなみにこの高さでベルトなし!

1955年の映画『東京暗黒街・竹の家』。カラーで、この屋上遊園地の様子が楽しめます

同作は、日本でロケが行われたハリウッド映画で、クライマックスの銃撃戦が、屋上遊園地で撮影されました

隅田川を見下ろす7階建てのビルには、国内初の常設の屋上遊園地「スポーツランド」が設置され、銀色の流線形のロープウエー「航空艇」が往復する光景に、子供たちだけでなく、街の人々も胸を躍らせた

他にも意外なスポットがあって…↓

新世界と呼ばれるこの地に作られた初代通天閣は、1912年に遊園地「ルナパーク」のシンボルタワーとして誕生。当時はパリの凱旋門の上にエッフェル塔が乗ったような奇抜なデザインだった

初代通天閣は火災で焼失してしまい、現在のものは2代目となります

上野公園は1907年に開かれた「内国勧業博覧会」の舞台でもあり、観覧車やウォーターシュートなど最新の呼び物が出現し、不忍池を中心に夜中までお祭り騒ぎが続いたといいます

昭和の家電は発想がユニーク

車に載せて見られるテレビを目指して開発された、当時世界最小で最軽量のポータブル白黒テレビで「マイクロテレビ」の愛称でヒットしました

東芝が開発した静止画が送れる電話「ビューフォン」

こちらも東芝製のテレビ電話。ダイヤル式なのにフォルムが未来っぽい。

より便利に、より豊かにと試行錯誤を繰り返し、理想の暮らしを追い求めた当時の社会の熱気が伝わってくるよう

「とにかく作ってみよう!」という熱い意気込みを感じます

仕事姿は、こんな感じ

銀行で働く女性たち。東京オリンピック中は着物で仕事していたのだとか

工場で蛍光灯をチェックする女性。なんだかSF映画っぽい

内閣府調査によるとパソコン普及率は1990年代前半までは10%台と一部専門家やマニアに限られた普及であったのに対して、90年代後半からはどんどん普及率が上昇し、2001年には半数を越え、国民に広く普及した

写真は60年代の様子なので、パソコンが普及するのはもう少し先ですね

ただ、変わらぬ風景も…